ストレスチェックを実施したものの、具体的な効果を感じられず、「意味がない」と考える企業や人事担当者も少なくないようです。しかし、ストレスチェックをうまく活用すれば、職場環境の改善が効率化され人材の定着につながります。本記事ではストレスチェックが意味がないと言われてしまう理由から、ストレスチェックを意味あるものにするためのポイントを詳しく解説します。

ストレスチェックとは

ストレスチェックとは、うつ病をはじめとするメンタルヘルス不調を防ぐ目的でおこなわれる、従業員のストレス状況の検査のことです。厚生労働省の主導により、一定の条件を満たした企業で主に実施されています。

検査にあたっては専用の質問票が用意されており、紙面もしくは検査用のツールを用いて従業員に回答してもらいます。全57項目、あるいは80項目など、決められた設問への回答を集計し、従業員のストレスの程度を測定する仕組みです。

結果は個人ごとにフィードバックされます。ストレス度が高い従業員や希望する従業員には、産業医や専門家との面談・指導の機会が設けられ、メンタルケアのサポートが可能です。

ストレスチェックはプライバシーを尊重しておこなわれるため、会社側は、本人の承諾なしに個人の検査結果を得ることはできません。しかし、社内全体、あるいは部署ごとなど、個人を特定できないレベルでの集団の分析結果は通知されるため、労働環境の改善に活用できます。

常時50人以上の労働者を使用する企業に義務づけられている

ストレスチェックは2015年12月に施行された「労働安全衛生法」の改正により、常時50人以上の労働者を使用する事業場に、年に1回以上の実施が義務付けられています。

義務化の背景としては、近年、ストレスによるうつ病や過労死など労災問題が増えてきている状況が挙げられます。厚生労働省は2006年に「労働者の心の健康の保持増進のための指針」を策定し、以来労災の防止と従業員のメンタルケアを企業に求めています。しかし、労災の認定数増加が続き、歯止めがかからないため、対策のひとつとしてストレスチェックの義務化が決定しました。

なお、ストレスチェックは1年以上継続して雇用される見込みであり、フルタイムで働く人の4分の3以上の時間の労働をしている従業員が対象です。正社員のみならず、アルバイトやパートも含めて、企業側は検査および結果に応じたメンタルケアをおこなう必要があります。

出典:厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」

ストレスチェックの本来の目的

ストレスチェックは、従業員が個々に自身のストレス状況を客観視することで、メンタル不調に気付くきっかけをつくり、セルフケアへの関心を高めるのが目的です。

検査時点で自身の不調に気付いている人もいれば、気付いていない人もいるでしょう。また、気付いていても軽視している人も少なくありません。それぞれに気づきを得てもらったうえで、会社側がケアのサポートを実施し、うつ病のようなメンタル不調を未然に抑止する仕組みになっています。

また、企業側が労働環境を効率的に改善できるようにする狙いもあります。ストレスチェックでは、社内全体や部署ごとなど一定の集団ごとに細かく分析が可能です。

長時間の残業やプレッシャーのある仕事、人間関係など、多くの従業員にとって負担になっている業務や職場環境を容易に洗い出せます。もし高ストレス者が出た場合も即座に把握し、産業医との面談や職場環境の改善といった支援が可能です。

会社側の積極的かつ地道な改善努力により、優秀な従業員の健康を守り、長く活躍できる人材を育成できます。

ストレスチェックが意味がないと言われる理由

労災認定数を減らし、従業員を守るために導入されたストレスチェックではありますが、実際に実施する企業からは「やっても意味がない」との声があるのも事実です。

国によって推し進められたストレスチェックが、いったいなぜ意味がないと言われてしまうのか、代表的な理由・原因を紹介します。

受検しない従業員がいる

ストレスチェックの実施は対象企業にとって義務である一方、回答は従業員の義務ではありません。従業員側が検査の目的や重要性を理解していなかったり、上司や会社側にプライバシーがもれるのではないかとの心配があったりすると、回答率の低下につながります。

厚生労働省の調査「ストレスチェック制度 の実施状況(令和4年)」によれば、ストレスチェックの受検率は、義務化されている50人以上の従業員を使用する事業場で9割ほどで、100%に届いていません。

また、企業規模によっても差が出ており、例えば従業員数が100人以上の事業場では93.6%の実施率があるのに対し、50人以上~100人未満の事業場では78.4%と大幅に下がります。 

業界別に見ても、製造業のうち50人以上を使用する事業場での実施率は90.9%ですが、医療、福祉業界の同実施率は72.6%に留まっています。

参照:厚生労働省「ストレスチェック制度 の実施状況(令和4年)」

受検率の低下は、受検していない本人の改善につなげられないだけでなく、会社にとっても問題になります。全体の結果を集計する際に精度が落ちてしまうため、正確な分析ができません。

受検率の低下は個々の従業員だけの問題ではなく、会社、業界全体でも取り組んでいくべき課題であるといえます。

具体的な対策や改善につながっていない

ストレスチェックを実施するだけになってしまっているのも、意味がないと言われる原因です。

実施後は検査結果の分析が必須ですが、改善につなげられなければ企業・従業員双方にとってなにも環境が変わりません。

その結果、やっても意味がないと感じ受検率やモチベーションの低下、および生産性の低下につながります。企業側はストレスチェックのコストだけがかかってしまう状態になり、悪循環になってしまいます。

ストレスチェックは本来、従業員自身がストレス状況を客観視したり、会社が労働環境を改善したりするためにおこなわれるものです。しかし、検査結果をどのように活用したらいいのかわからなかったり、改善策を実行に移せなかったりして、実施そのものが目的になってしまうのは避けなければなりません。

医師との面談を受ける人が少ない

仮に高ストレス者と判定された場合、該当者は医師との面談が可能ですが、あくまで本人の希望に基づいておこなわれます。そのため、本人に高ストレス判定への危機感や、ストレスのかかった状況を改善しようという意識がないとストレスチェックの意味がなくなりがちです。「自分は大丈夫だろう」と考えてしまう人もいます。

また、改善したいという気持ちはあっても言い出しにくい雰囲気だったり、プライバシーが気になって言い出せなかったり、あるいは自分の生活に対して指導を受けたくないといった理由から医師との面談を希望しない人もいるようです。具体的な改善につなげられないと、ストレスチェックの意義が失われてしまいます。

ストレスチェックを意味のあるものにするためには

ストレスチェックはただ実施するのではなく、有効活用して初めて、意味のある検査にできます。そのために、会社側ができることを解説します。

全従業員にストレスチェックの重要性を周知する

まずは、できるだけ受検率を高めて回答の精度を上げるのが重要です。ストレスチェックの重要性を理解していないと、「業務の負担になるから」と回答しない従業員が増えてしまいます。

会社側は事前にしっかりストレスチェックの概要や重要性を説明・周知して、全従業員の受検をうながしましょう。分析後の改善にも力を入れるため、部署やチームの責任者や人事担当者に対し、改善担当側から見たストレスチェックの重要性を周知するのも忘れてはいけません。

また、プライバシーに配慮したうえで検査がおこなわれること、今後の評価などに影響しないことも丁寧に説明が必要です。従業員に安心して受検してもらえる環境を整えれば、偽りのない正確な回答を得られる可能性が高まります。また、ケアを必要としている従業員が、積極的に医師との面談を受けられるようになるでしょう。

従業員と進捗状況を共有しながら改善を続ける

ストレスチェックの結果を受けての改善状況は、従業員と共有するようにしましょう。進捗状況がわかると、従業員は「少しずつ働く環境が良くなっている」と実感しやすくなり、モチベーションの向上につながります。

また、ストレスチェックを有意義な検査にするためには、実施後の結果の分析と改善のサイクル継続が欠かせません。他の業務が忙しく分析や改善の時間が取れないのでは意味がなくなってしまうため、あらかじめ分析・改善のためのリソースを先に確保しておくのもおすすめです。

メンタルヘルス対策を社内の経営課題に位置づける

ストレスチェックは労働環境改善の大きなヒントであり、会社を挙げて取り組むべき検査です。労働環境やメンタルの改善を個々の従業員に任せるのではなく、社内の経営課題レベルに位置づけましょう。社内全体で一丸となってメンタルヘルス対策へ取り組むことこそ、ストレスチェック成功の秘訣です。

また、ストレスチェックで問題視された部分を改善するだけでなく、そもそもストレスがかかりにくい職場へと抜本的に改善していく姿勢も重要といえます。

例えば、相談窓口を設置したり、管理職のマネジメント研修やセルフケア研修を充実させるといった施策で、年1回のストレスチェック以外にも自身のメンタルケアに関心を持つ機会や、職場環境の改善をする機会を増やしていきましょう。

職場環境改善の事例3選

ストレスチェックの分析結果を受けて改善に取り組もうとしても、課題に対して具体的な改善方法がわからなくなってしまうケースもあります。そのようなときは、他社の事例を参考にするのもよい方法です。ここでは、労働環境改善に成功した職場の事例をいくつか紹介します。

従業員の選択肢を増やす方法で離職率が一桁に改善

サイボウズ株式会社では2005年に離職率が28%となって以降、改善に努めてきました。その結果、2012年~2023年の離職率は3%~5%と1桁に改善しています。

改善策において会社側が重視したのは、従業員に対するワークライフバランスへの配慮とコミュニケーションの活性化です。

最長6年の育児・介護休暇制度の導入を皮切りに、9種類の働き方や在宅勤務制度など従業員のライフステージの変化に合わせて働き方の選択肢を増やしていきました。緊急時の受け皿として子連れ出勤制度があるのも注目のひとつです。

そのほか、副業を可能にしたり、成果や生産性を重視した人事制度を取り入れたりすることで、従業員のエンゲージメントが向上したことにより離職率の低下につながったそうです。

出典:サイボウズ株式会社 「多様な働き方へのチャレンジ」

レイアウト改善で従業員のストレスを緩和した事例

ある病院では、スタッフのストレス度が非常に高いのが問題となっていました。そこで、実施したのが休憩室のレイアウト改善です。オフィスレイアウトに強いリフォーム会社に施行を依頼し、休憩室やミニキッチンなどを整備しました。

その結果、スタッフ同士のコミュニケーション機会や、休憩室へ訪れる機会が増加。充実した休憩時間により、スタッフのストレスは軽減され、業務への集中力もアップしました。

出典:株式会社ナズロ 「新入社員の離職率を劇的に改善!オフィスリフォームが生み出す理想の職場環境とは?」

研修や声かけにより健康リスクを改善

ある学校では、集団分析結果により職員の健康リスクが高いという判定が出ました。この結果を受け、学校側はメンタルヘルスに関する研修を開催。職員一人ひとりが、その場ですぐにできるセルフケアを習得し、セルフケアへの理解も深められるようにしました。

また、職員間における「あったか言葉」の使用に取り組んだのもユニークな改善ポイントです。「ありがとう」「すごいね」「一生にやろう」といった、言われると嬉しくなる言葉の数々により、職場の空気がやわらかくなり、また生徒へかける言葉もやわらかいものへと変化しました。

出典:埼玉県教育局教育総務部福利課健康づくり・メンタルヘルス担当 「ストレスチェックの集団分析結果を活用した職場環境改善事例集~職場環境改善の好事例~」

まとめ

ストレスチェックの意味がないと言われるのは、従業員の受検率の低さや、改善につながらない環境などが要因と考えられます。ストレスチェックは実施後の分析と改善こそが重要です。実施するだけで終わりにならないよう、会社側は従業員への重要性の周知や、改善状況の共有をして会社全体で改善に取り組んでいきましょう。

ストレスチェックを有効活用できれば、従業員のモチベーションアップや生産性向上、離職率低下などさまざまな効果が期待できます。声かけやオフィスレイアウトの変更、研修の充実など、改善の手段は会社によってさまざまです。従業員のセルフケアだけでなく、会社としてできることを模索していく姿勢を大切にしましょう。