労働条件や就業規則の不利益変更は、企業にとって大きな決断です。従業員との信頼関係を継続し、訴訟リスクを回避するためにも制約や注意点についてしっかりと把握しておく必要があります。本記事では不利益変更の概要や変更が可能かどうかの見極め方、具体的な変更の方法と注意点について詳しく解説します。

不利益変更とは

不利益変更とは、賃金や退職金の減額、福利厚生の削減、休暇の減少、手当の廃止など、会社側が従業員にとって不利になる労働条件の変更をおこなうことを指します。

不利益変更を適用する際は、個人もしくは一部の従業員に対して交渉するケースもあれば、就業規則そのものを変更して、従業員全体に対し適用するケースもあります。

また、「業績が悪化して回復の見込がないため従業員の給与を下げたい」「福利厚生として提供していたサービスのコストが増大して維持できないため、やむなく廃止したい」など、不利益変更の理由も会社によってさまざまです。しかし、いずれも簡単な手続きではおこなえず、慎重な判断や根回しが必要になります。

会社側の一方的な不利益変更は原則として不可能

従業員を雇用する際に、会社と従業員の間で結ばれる雇用契約には法的効力があります。契約内容は労働契約法や労働基準法によって保護されており、契約と異なる内容を求める不利益変更を会社が勝手に実行するのは原則として不可能です。もし一方的に従業員の就業規則を変更してしまえば、法律違反になる恐れがあります。

しかし、実際には業績悪化や会社の合併など、会社によってはやむを得ない事情を抱えているケースも少なくありません。そこで、従業員の同意を得るのをはじめ、一定の条件を満たせば例外的に変更が可能とされています。

従業員の同意を得ずに不利益変更するリスク

一部の会社では、従業員から十分な同意を得ずに不利益変更しようとするケースもあるようです。しかし、仮に従業員本人の同意を得ずに不利益変更を一方的におこなった場合、従業員の離職や、最悪の場合は訴訟を提起されるリスクがあります。

不利益変更に関する過去の判例を見ても、変更の必要性や同意の有無が不利益変更が認められるかどうかの主な争点になっています。形式的に従業員の同意を得ても認められない可能性が高いため、訴訟リスクを回避するように誠実な対応が大切です。

参考:厚生労働省「労働条件の引き下げ」に関する具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性|裁判例

なお、一方的な不利益変更ができないことは労働契約法第九条に基づきます。ただし労働契約法は私法のため、公法である労働基準法と異なり違反しても罰則は設けられていません。

不利益変更をおこなう3つの方法

やむを得ず不利益変更をおこなう場合、大きく分けて3つの方法があります。自社の状況に合わせ、どの方法を取るのが最善かよく検討が必要です。それぞれ解説します。

個人の同意を得ての不利益変更

特定の従業員との間で合意した労働条件を変更したいのであれば、従業員個人の同意を得れば変更が可能です。例えば従業員10人未満の小規模な事業場で、就業規則を作成していないケースでも有効な手段といえます。

ただし、後に離職や訴訟に発展しないよう、従業員と1対1で丁寧に説明や話し合い、交渉を重ね、双方がしっかりと納得したうえでおこなわなければなりません。

労働組合との労働協約締結による不利益変更

労働組合と交渉をおこない、労働協約を締結して不利益変更をする方法もあります。ただし、労働組合があり、かつ組合員に対して変更を適用したい場合に限られます。

労働協約は就業規則に優先されるため、就業規則を変更しなくても労働協約の締結をすれば問題ありません。また、労働組合との同意があれば従業員に対して個別の同意を取る必要はないのもこの方法のメリットです。

しかし、実際に従業員にとって不利な変更がされるのは変わりなく、説明や周知が不十分だと従業員との信頼関係を崩してしまう結果につながります。労働組合とも話し合いのうえ、従業員の心情を考慮した対応が求められます。

就業規則の改定による不利益変更

従業員全体に対して不利益変更をおこないたいのであれば、従業員全員に適用される就業規則そのものを変更するのが有効です。

ただし、就業規則は会社を経営するうえで根幹となる規則のひとつでもあり、不利益変更には厳しい条件が定められています。就業規則を改定する条件を次から解説するので、当てはまるかどうか確認しましょう。

就業規則の不利益変更に必要な2つの条件

就業規則を不利益変更して、従業員全員に適用するには条件が2つあります。この2つの条件は、労働契約法に基づくものです。

労働契約法第九条には、以下のとおり定められています。

使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない

引用:労働契約法第九条|e-Gov法令検索

これは、不利益変更が原則不可能だと示していますが、第十条の条件を満たせば不利益変更が可能ということです。

では、その条件とは一体どのような内容なのでしょうか。第十条にある条件を、大きく2つに分けて解説します。

不利益変更せざるを得ない合理的な理由がある

不利益変更するには、誰もが納得するようなやむを得ない、合理的な理由が必要です。例えば、「経営が悪化し、赤字の連続で回復の見込がなく、給与を支払えない」というような差し迫った理由や、「企業の合併により、就業規則を統一する必要があるが、条件が良いほうに合わせるとコストオーバーになる」などが挙げられます。

「会社側の利益を増やすために従業員の給与を削減する」「会社の業務が増加したため勤務時間を延長する」といった変更は、就業規則を変更するほどのやむを得ない理由とは言えないため認められません。

なお注意点として、過去の判例では、経営悪化によりやむを得ず不利益変更をした会社に置いて、不利益変更が認められなかったケースもあります。つまり、経営が悪化すれば賃金の減額が必ずしもできるわけではなく、程度や状況次第であると考えられます。

また、詳しくは後述しますが、会社側の都合だけでなく、変更によって従業員がどの程度不利益を被るのかも、合理性があるかどうかを判断する重要なポイントです。

就業規則について社内での周知を徹底している

日頃より、就業規則の内容について社内で周知されており、従業員が自由に確認できる状況でなければなりません。

労働基準法の第百六条により、「就業規則は、各作業所の見やすい場所への掲示、備え付け、書面の交付などによって労働者に周知しなければならない」とされています。就業規則の不利益変更前はもとより、変更後も、常に従業員がいつでも確認できるようにしておく必要があります。

参考:労働基準法 第百六条(法令等の周知義務)| e-Gov法令検索

労働条件の不利益変更をする方法

やむを得ず不利益変更を決断した場合、具体的な変更方法は次のとおりです。

  1. 不利益変更の具体的な内容を決定する
  2. 従業員に不利益変更の周知をして理解を得る
  3. 従業員の同意を書面で得る(労働組合の場合は労働協約を締結)
  4. 労働条件の不利益変更をする

特に重要なのは、2と3の段階です。従業員とは誠実な話し合いを重ねて同意を得る必要があります。ただし労働組合があるのであれば、個人より労働組合との話し合いが優先です。

また、従業員の同意については後に言った・言わないの水掛け論を防ぐため、書面でもらうのがベスト。ただし、同意書があれば100%主張を認められるわけではありません。

「説明が不十分で、よく理解しないまま署名しなければならなかった」「署名しなければキャリアに影響があるのではないかと思い、しかたなく同意した」など、状況次第で裁判の際に「従業員の自由に基づく同意ではない」と判断され、不利益変更ができなかったケースも数多くあります。訴訟そのものから回避できるよう、前述したように従業員との話し合いを重ねて、心からの同意を得るのが大切です。

なお、トラブルを防ぐためにも、会社の顧問弁護士、労働案件の実績がある弁護士などに相談しながら進めるようにしましょう。

就業規則の不利益変更をする際の注意点

やむを得ない事情があっても、不利益変更は従業員にとってマイナスの要素しかなく、従業員とのあつれきになりかねません。想定される注意点を事前に把握し、トラブルを防ぎましょう。

不利益の程度が大きすぎると認められない可能性がある

不利益変更の合理性が認められるには、従業員の受ける不利益の程度が大きすぎないかも焦点になります。例として、同業他社の待遇と比べて著しく劣るような内容への変更は認められにくいでしょう。

また、同じ不利益変更であっても、変更内容によって認められるかどうかの判断基準も変化します。ある会社の休日が土・日曜日から月・火曜日の平日に変更されたとしても、従業員にとって生活の質や体調管理に大きな影響があるとは言えないかもしれません。しかし、給与が減少し、現在の賃貸物件に住めなくなるとすれば、従業員にとって大きな影響があると考えられます。

基本的に賃金や退職金など、労働者の生活に直接関わる不利益変更ほど裁判所の判断基準は厳しい傾向です。同業他社の待遇や、必要に応じて過去の判例も確認し、変更内容が妥当か検討しましょう。判断に悩んだら、弁護士へ相談するのも良い方法です。

同意に至るまでの過程を記録して残す

同意を得るまでに、従業員に対しておこなった説明の内容や回数、時間、あるいは質問とその回答を可能な限り記録しておきましょう。従業員の同意書と同様に、万が一訴訟になった際に企業側の合理性や正当性を主張する材料になります。

例えば、不利益変更の判例としても知られている、平成26年2月26日に判決の出た「シオン学園事件」でも、3年間の間に20回以上に及ぶ団体交渉がされたことが、合理性が認められた理由のひとつとなっています。

個人の同意が必要ない場合でも誠実な対応をする

労働組合との労働協約締結や、就業規則の改定であれば個人の同意を得られなくても不利益変更は可能です。しかし、十分な説明がされていないと従業員の不満につながり、従業員の離職や訴訟に発展するリスクがあるため、従業員に配慮した誠実な対応は欠かせません。

実際、過去の判例を見ても、会社側の合理性を判断する根拠として、労働組合との話し合いを十分かつ慎重に重ねていたことや、数十回に渡る話し合いの場がもたれていたこと、あるいは就業規則について労働者との合意がたしかにあったことなどが挙げられています。

離職や訴訟に発展せず、万一訴訟になった場合でも不利益変更を認められるために、従業員の暮らしや雇用を守り続ける意識が大切です。従業員の負担を軽くするための改善努力や、従業員との話し合いを欠かさず、あくまで最後の手段として不利益変更を検討しましょう。

まとめ

不利益変更は会社側にとっても従業員の離職や訴訟リスクがあり、安易な理由では実行できません。不利益変更をするには、個人の同意を得る方法、労働組合と労働協約を締結する方法、そして就業規則の改定の3つの方法があります。

いずれにしても、従業員との間でトラブルにならないよう、従業員への説明の時間を十分に取り、書面で同意を得るのが大切です。

また、会社側の不利益変更の理由に合理性があるかどうかも、不利益変更の可否を分ける大きなポイントになります。必要に応じて専門家の協力も得ながら、不利益変更をすべきか検討し、会社にとっても従業員にとっても最適な選択をしましょう。