従業員の健康問題による生産性低下を表すプレゼンティーイズム。企業に与える影響は大きく、業務効率の低下や医療費の発生など多岐にわたります。本記事では、プレゼンティーイズムの原因や測定方法、予防のための具体的な取り組みを詳しく解説します。企業の持続的な成長と発展のために、プレゼンティーイズム対策の重要性を理解しておきましょう。

プレゼンティーイズムとは

厚生労働省が平成29年に公表した「コラボヘルスガイドライン」によると、プレゼンティーイズムとは、従業員が職場に出勤はしているものの、何らかの健康問題によって業務の能率が落ちている状態を指します。

これは、企業にとって間接的な健康関連コストの発生を意味し、業務効率の悪化やミスによるトラブルなどの潜在的なリスクをはらんでいます。プレゼンティーイズムは、従業員の健康問題が原因で生じる生産性の低下を表す指標の1つであり、予防的な対策を講じることが重要です。

出典:厚生労働省「データヘルス・健康経営を推進するためのコラボヘルスガイドライン」

プレゼンティーイズムとアブセンティーイズムの違い

プレゼンティーイズムとアブセンティーイズムは、どちらも従業員の健康問題によるパフォーマンスの低下を示す指標ですが、次のような違いがあります。

  • プレゼンティーイズム:健康上の問題を抱えながらも出勤し、業務を行っているが、生産性が低下している状態
  • アブセンティーイズム:健康問題が原因で欠勤している状態

プレゼンティーイズムはアブセンティーイズムの前段階と考えられるため、プレゼンティーイズムへの対策はアブセンティーイズムの予防にもつながります。

プレゼンティーイズムが企業におよぼす影響

プレゼンティーイズムを招くと、業務効率の低下や退職者増加のリスク、医療費や採用コストの発生などの影響があります。ここでは具体的な影響を詳しく解説します。

業務効率の低下

プレゼンティーイズムに陥った従業員は、健康上の問題により本来の能力を十分に発揮できず、通常の業務量をこなすことが難しくなります。その結果、計画通りに作業を進めることが困難となり、業務全体の効率が低下します。その結果、企業全体の生産性に大きな影響を与えかねません。

また、仕事のミスや品質の低下は顧客満足度にも影響を及ぼします。最終的には企業の評判に響いてしまうケースもあるでしょう。

退職者増加のリスク

プレゼンティーイズムが長引くと、該当する従業員が健康上の理由から退職を選択する可能性が高まります。優秀な人材の離職は、他の従業員の業務負担増加や、採用、育成に要するコストの無駄につながるなど、企業にとって大きな損失となります。

医療費や採用コストの発生

プレゼンティーイズムの状態にある従業員が治療や休職を必要とする場合、企業は医療費や保険料などの負担が発生する可能性があります。さらに、長期の休職に伴う人員不足を補うために、新たな人材の採用が必要な場合、採用コストも発生します。これらの費用は、企業の経営に少なからず影響を与えるでしょう。

実際に厚生労働省が平成29年に公表した「コラボヘルスガイドライン」によると、米国関連企業のデータでは、健康に関連するコストのうち、プレゼンティーイズムが占める割合が50%を超えています。

画像引用:厚生労働省保険局「コラボヘルスガイドライン」

また、経済産業省が提示している国内のデータでは、プレゼンティーイズムが健康関連コストの77%を占めていることが明らかになっています。これらの数値から、プレゼンティーイズムが世界的に見ても健康関連コストの多くを占めていることがわかります。

画像引用:経済産業省「企業の「健康経営」ガイドブック」

プレゼンティーイズムによる企業の損失額

プレゼンティーイズムによる企業の損失額は、次の計算式を用いて算出します。

  • 計算方法:時給(円)×1日の労働時間×稼働日数×労働生産性の低下(%)

厚生労働科学研究成果データベースの「アブセンティーイズムとプレゼンティーイズムによる損失」によると、企業の損失額を調査するための研究が、某製造業の事業所で行われました。

研究時の条件は次のとおりです。

  • 1人1時間あたりの人件費(時給):全労働者平均4,700円
  • 1日あたりの労働時間:7.75時間
  • 稼働日数:年間235日間
  • 調査方法:自記式質問紙
  • 回答者:男性503名・女性146名
  • 平均年齢:42.6歳

調査の結果、何らかの健康問題があると回答した人は全体の73.9%(男性69.8%、女性86.7%)に上り、主な健康問題として腰痛、首の不調、肩こりなどが挙げられます。

上述した計算式を用いて、該当事業所の1年間のプレゼンティーイズムによる損失額を計算したところ、腰痛が1,524万7,277円で最も多く、次いでアレルギー症状が497万5,427円、頭痛338万8,284円となり、総額では6,392万9,783円でした。

この研究結果から、プレゼンティーイズムによる損失額が大きいことがわかります。

出典:厚生労働科学研究成果データベース「アブセンティーイズムとプレゼンティーイズムによる損失」

プレゼンティーイズムの原因

プレゼンティーイズムは、さまざまな原因が考えられますが、主に次の4つに分けられます。

  • 人間関係
  • 労働環境
  • 生活習慣
  • 持病

プレゼンティーイズムの効果的な対策を立てるためには、これらの原因を正しく理解し、適切なアプローチの実践が重要です。

人間関係

職場の人間関係の問題は、プレゼンティーイズムの主要な原因の1つです。自分の代わりに業務を担当してくれる人がいない、体調不良を訴えづらい雰囲気がある、同僚とのコミュニケーションがストレスになっているなどの状況は、従業員のプレゼンティーイズムを招く可能性があります。

労働環境

不適切な労働環境もまた、プレゼンティーイズムの原因となり得ます。

  • 室内照明の不足、または過剰
  • 不適切な室温設定
  • 清掃が不十分なオフィス
  • 身体に合っていない机や椅子の使用 など

このようにさまざまな要因が従業員の心身の健康に影響を与えます。快適で働きやすい環境を整えることが、プレゼンティーイズム対策には欠かせません。

生活習慣

従業員の生活習慣もプレゼンティーイズムに大きく関与しています。

  • 不規則な食生活
  • 運動不足
  • 健康意識の低さ
  • 体調不良時でも医療機関を受診しない など

このような生活習慣は心身の健康を損ない、プレゼンティーイズムを引き起こす原因となります。

持病を抱えている

慢性的な健康問題を抱える従業員は、プレゼンティーイズムに陥るリスクが高いです。

  • 腰痛や肩こり
  • アレルギー症状
  • 頭痛 など

このような持病は、仕事のパフォーマンスに直接的な影響を与えます。収入の減少や周囲への迷惑を懸念して休暇を取りづらい状況にある場合、プレゼンティーイズムが深刻化する恐れがあります。

プレゼンティーイズムの現状を把握する方法

プレゼンティーイズムの現状を正確に把握するには、効果的な対策の実施が重要です。ここでは、プレゼンティーイズムの実態を把握するための具体的な方法を解説します。これらの方法を適切に活用すれば、従業員の健康状態を的確に捉え、プレゼンティーイズムの予防と改善に役立てられるでしょう。

ストレスチェックの活用

法律で定められたストレスチェックの分析は、高ストレス状態にある従業員の特定につながるため、プレゼンティーイズム対策の第一歩となります。

ストレスチェックの結果を有効に活用することで、適切な施策の立案や実行が可能となり、プレゼンティーイズムの改善につながります。

従業員に定期的なサーベイを実施

定期的に同一の項目で行うアンケート調査の実施は、個人や組織の変化を継続的に観察できるため、プレゼンティーイズムの早期発見に有効です。

近年注目を集めている従業員サーベイ(パルスサーベイ)は、物事の全体像や現状を把握するために広範囲で行う調査であり、課題の早期発見に役立ちます。

ラインケアとフォロー

プレゼンティーイズムの現状を把握するためには、上司による部下の異変への気づきと対応の強化が欠かせません。加えて、人事部門や各部門単位でのフォローを行うことで、プレゼンティーイズムやアブセンティーイズムを未然に防ぎ、適切な措置を講じることができます。

プレゼンティーイズムの測定方法

プレゼンティーイズムの影響を定量的に評価し、効果的な対策を立てるには、プレゼンティーイズムを正確に測定することが重要です。経済産業省の「健康投資管理会計ガイドライン」では、プレゼンティーイズムの測定方法として次の5つの選択肢が示されています。

  • WHO-HPQ
  • 東大1項目版
  • WLQ
  • WFun
  • QQmethod

それぞれの測定方法の特徴やメリットとデメリットを詳しく解説します。

出典:経済産業省「健康投資管理会計ガイドライン」

WHO-HPQ

世界保健機関(WHO)が定義する「WHO-HPQ」は、プレゼンティーイズムを測定するための質問紙です。

過去7日間の労働時間や過去4週間の自己評価を10段階で回答し、科学的根拠に基づいて生産性の算出とコスト換算が可能となります。ただし、設問がやや複雑である点がデメリットです。

東大1項目版

東京大学ワーキンググループによる「東大1項目版」は、プレゼンティーイズムによる生産性損失割合を測定するシンプルな方法です。

健康時の仕事の出来を100%として0〜100%で過去4週間の仕事内容を自己評価します。WHO-HPQを簡略化した1問のみの測定法ですが、指標の妥当性が十分に担保されておらず、生産性の算出はできません。

WLQ

タフツ大学医学部が開発した「WLQ」の日本語版では、時間管理、身体活動、集中力・対人関係、仕事の結果の4カテゴリーで計25問の設問に回答します。

体調不良による仕事への支障の程度を5段階で評価し、パフォーマンス低下の特徴や原因を把握できます。信頼性と妥当性が高い指標ですが、有償であり設問数が多い点がデメリットです。

WFun

産業医科大学が開発した「WFun」は、7つの設問で体調不調による労働機能障害の程度を測定します。

合計得点が高いほど労働機能障害が大きく、21点以上で中程度以上の障害があるとされています。日本で開発されたため設問がわかりやすく、性別や年齢、職種の影響を受けずに比較が可能ですが、有償であり生産性の測定はできません。

QQmethod

「QQmethod」では、まず健康面での症状の有無を確認し、症状がある場合のみ4項目の質問に回答します。

仕事に最も影響を与える健康問題、症状の出現日数、仕事量・質の自己評価を測定し、健康に問題のある人のプレゼンティーイズムの程度を評価できます。ただし、健康に問題のない人はプレゼンティーイズムなしと考えられており、エビデンスや活用事例が少ない点がデメリットです。

プレゼンティーイズムを予防するためにできる企業の取り組み

プレゼンティーイズムの改善には、単一の施策ではなく、総合的なアプローチが必要です。経済産業省の「健康経営オフィスレポート」によると、次の7つを実践するとプレゼンティーイズムの解消につながることが明らかになっています。

  • 快適性を感じる
  • コミュニケーションする
  • 休憩や気分転換する
  • 体を動かす
  • 適切な食行動をとる
  • 清潔にする
  • 健康意識を高める

このような取り組みを通じて、企業は組織の活性化や生産性の向上、人材定着率の向上のメリットを得られます。ここでは、企業が実施できる具体的な取り組みを詳しく解説します。

出典:経済産業省「健康経営オフィスレポート」

運動習慣の定着と環境整備

運動は、セロトニン分泌促進による睡眠の質の向上、エンドルフィンによるストレス解消、ドーパミン分泌によるポジティブ思考の促進など、プレゼンティーイズム解消に好影響を与えます。

企業は、ウォーキングイベントやラジオ体操の導入、運動サークルの支援、徒歩や自転車通勤の推奨など、従業員の運動習慣の定着に向けた継続的な取り組みを行うことが重要です。

腰痛・肩こり対策の推進

テレワークの普及により、不適切な環境で長時間働くことに起因する腰痛や肩こりが増加しています。

主な原因は、猫背や反り腰などの不良姿勢、運動不足、精神的ストレスであるため、企業は姿勢の改善、運動習慣の奨励、ストレス管理などの対策の推進が求められます。

高ストレス者への面談実施

ストレスチェックでメンタルヘルス不調の兆候が顕著に確認された高ストレス状態の従業員は、プレゼンティーイズムに陥るリスクが高いとされています。企業は、高ストレス者との面談を実施しましょう。

ただしストレスチェック後の面接指導は医師のみができ、保健師や精神保健福祉士には認められていません。面接指導を行う医師は、職場の状況を理解している専属、または嘱託の産業医が適任です。

また面接指導の対象者は高ストレス者と判断され、本人から申し出た従業員のみです。面接指導が必要でも、本人からの申し出がなければ強制はできません。

そのため、従業員に面接指導のメリットや不利益がないことを周知し、申し出やすい職場環境を整えることが重要です。

健康リテラシーの向上

健康リテラシーを高めることは、メンタルヘルス対策にも効果的です。健康リテラシーが高い従業員は、正確な健康情報を理解し、自身の健康状態に応じて適切に活用できます。ストレスチェックや長期的に複数回、テーマを変えて実施する健康セミナーは、健康リテラシーの向上に役立ちます。

従業員間のコミュニケーションと相互サポートの促進

プレゼンティーイズムの早期発見と対応には、SOSを発信しやすい組織文化の醸成や、従業員同士が体調不良の兆候を察知し、声をかけ合える職場環境が重要です。

心理的安全性を高め、従業員が不安やストレスを表明しやすい職場づくりは、プレゼンティーイズムの早期発見につながります。日常的なコミュニケーションを通じて、お互いの健康状態を確認し合うことが大切です。また相談窓口の設置も有効な手段といえます。

快適な職場環境の形成

従業員が働きやすい快適な職場環境を整えることは、事業主の配慮義務であり、プレゼンティーイズム対策にもつながります。

人間関係、業務環境、業務内容などを適切に管理し、従業員1人ひとりがパフォーマンスを発揮できる環境の整備が求められるでしょう。具体的には、コミュニケーションの活性化、業務の適正化、休憩スペースの設置などが挙げられます。快適な職場環境は、プレゼンティーイズムの予防に役立ちます。

プレゼンティーイズム対策を実施している企業の事例

プレゼンティーイズムへの対策は、健康経営の一環として位置づけられます。健康経営とは、企業が従業員の心身の健康維持や増進を重視し、健康的な職場環境の整備に取り組むことで、組織全体のパフォーマンスを高めることを目指す経営手法です。

戦略的に実践すると、エンゲージメントの向上、モチベーションの維持、生産性の向上、ひいては企業業績の改善につなげられます。次項では、プレゼンティーイズム対策を実施している企業の具体的な事例を紹介します。

Amazonジャパン合同会社

Amazonジャパンは、「Work Hard, Have Fun, Make History」のスローガンのもと、従業員の健康と快適な職場環境の実現に力を入れています。

ファシリティ部門が主導となり、従業員からのフィードバックを積極的に取り入れながら、継続的な職場環境の改善に取り組んでいるのです。例えば、ボルダリングウォールの設置による運動機会の提供や、栄養バランスに配慮した社員食堂の運営などが挙げられます。

出典:アマゾンジャパン公式「Amazon で働くメリット」
出典:経済産業省「健康経営レポート」

株式会社アシックス

アシックスは、従業員とその家族の”Well-being”(身体的・精神的・社会的に良好である状態)の実現を目指しています。

具体的な取り組みとして、メンタルヘルス対応の強化、健康管理や増進体制の拡充、ヘルスリテラシーの向上支援、多様な人材が活躍できる職場環境の整備、生活習慣の改善支援などを行っています。戦略マップの方針に基づき、指標を用いて活動の目標設定と検証を実施しているのです。

また、外部機関からの評価でも、『健康経営優良法人2024』の認定や「スポーツエールカンパニー」の「シルバー」認定を取得するなど、高い評価を得ています。

出典:株式会社アシックス コーポレートサイト「アシックスの健康経営」

株式会社ダスキン

ダスキンは、創業時から「喜びの種をまこう」を企業スローガンとして事業を展開しています。大阪(吹田市)の本社社屋では、従業員が快適に仕事できるオフィス環境づくりを心掛けており、健康、ユニバーサルデザイン、コミュニケーションなどに配慮しています。

例えばカフェスペースを設置して、ドリンクや自社商品を無料で提供し、従業員間のコミュニケーションを図っていることも職場環境に配慮している点です。またトイレには洗面台を拭くためのタオルを設置し、清潔さを保っています。ダスキンは、優良な取り組みが評価され、「健康経営優良法人 2023 ~ホワイト 500~」に2年連続、通算5回認定されています。

出典:ダスキン健康保険組合「企業を成長に導く、新しい経営スタイル「健康経営Ⓡ」の取り組み」
出典:経済産業省「健康経営レポート」

まとめ

プレゼンティーイズムは、従業員の健康問題に起因する生産性低下を表す指標であり、企業に業務効率の低下、退職者増加のリスク、医療費や採用コストの発生の影響を及ぼします。プレゼンティーイズムの原因は人間関係や持病など多岐にわたります。

プレゼンティーイズムの予防には運動習慣の環境整備や従業員間のコミュニケーションの取り組みが有効であり、多くの企業が積極的に実施しています。プレゼンティーイズムへの対策は健康経営の一環です。従業員の心身の健康を重視し、健康的な職場環境を整備すれば、組織全体のパフォーマンス向上と企業の持続的な成長と発展につながります。