社宅制度のひとつである「借り上げ社宅」。生活費の多くを占める家賃が割安になることもあり、従業員からは人気が高い福利厚生のひとつでもあります。しかし、導入を検討するにあたってメリットだけでなくデメリットもしっかり把握しておかねばなりません。借り上げ社宅のメリットとデメリットや、注意点を知り、借り上げ社宅が自社に適しているかどうかを判断するのに役立てましょう。

借り上げ社宅とは

借り上げ社宅とは、福利厚生のひとつとして、会社が従業員のために提供する住居のことです。アパートやマンション、あるいは戸建て住宅を会社がオーナーから借り上げて、希望する従業員に一時的に提供します。

賃貸契約を結ぶのは会社であり、住むのは従業員になるのが特徴です。家賃は会社と従業員の間であらかじめ決めた割合により負担し合います。家賃の支払いは、税金や社会保険料と同じように、給与から天引きされるのが一般的です。

社有住宅との違い

福利厚生として住居を提供する方式としては、社員寮のような社有住宅もあります。社有住宅は、文字どおり会社が所有している住宅を従業員へ貸し出す制度です。会社が物件を所有しているか否かが、借り上げ社宅との大きな違いといえます。

社有住宅では、会社側は物件を購入する費用をはじめ、管理費や修繕費といった所有者として物件を維持管理していくためのコストがかかります。固定資産税や都市計画税の支払いも必要です。各手続きや管理の手間もかかるため、負担を上回るメリットがあるかどうかを導入前に検討しておかなければなりません。

また、都市部のような地価が高く物件が高騰し続けているようなエリアでない限り、築年数が経過するごとに物件の資産価値が落ちていくリスクについても考慮したほうがよいでしょう。

住宅手当との違い

住宅手当は住宅そのものを貸し出すのではなく、家賃やローン支払いに充てる費用として、従業員に現金を支給する制度です。会社が家賃やローンの支払いを補助するので、従業員の生活安定につながります。

住宅の契約や、家賃・ローンの支払いと管理はすべて従業員自身に委ねられるため、会社は住宅の管理に関する費用や手間がかからないのがメリットです。

ただし、住宅手当は給与に上乗せして支給するため、給料の一部と見なされます。社会保険料額を算出する際に使われる「標準報酬月額」の等級が上がってしまうため、社会保険料も必然的にアップします。結果、会社の社会保険料の負担額が大きくなるのは覚えておきたいデメリットです。

企業側が借り上げ社宅制度を導入するメリット

借り上げ社宅には、コストや利便性など、社有住宅や住宅手当とは異なる独自のメリットが多くあります。具体的なメリットを3つに分けて紹介します。

社有住宅や住宅手当よりコスト削減できる

借り上げ社宅は賃貸契約なので、マンション1棟や戸建て住宅をまるごと購入するのに比べると初期費用がかからずに済みます。また、賃貸物件である性質上、管理責任は会社ではなく物件のオーナーにあります。修繕管理の費用や手間がかからないのも大きなメリットです。

さらに、前述したように住宅手当の場合は現金支給のため従業員の所得が増加し、結果として会社と従業員双方の社会保険料の負担が増加してしまいます。一方、借り上げ社宅であれば従業員の給与の一部を家賃の支払いにあてるため、従業員の給与の額面は減ります。社会保険料の算出基準となる標準報酬月額も減るため、従業員、会社双方の社会保険料負担額が減少するのもコスト削減になる理由です。

なお、会社が支払う借り上げ社宅の家賃は経費として計上できます。経費は利益から差し引かれるため、会社の課税所得が減少し、法人税の負担軽減につながるのも魅力です。

移転や転勤に対応しやすい

賃貸契約である以上、会社の移転や従業員の転勤にも強いのが魅力です。社有住宅では物件の場所を移動できませんが、借り上げ住宅であれば、必要なエリアで新たな物件を借りられます。

将来的にオフィスを移転する予定のある会社や、もともと従業員の転勤が多い会社では社有住宅より借り上げ住宅のほうが適しているでしょう。

求人でのアピールポイントが増える

従業員にとって家賃の支払いは生活するうえで大きな負担となるため、借り上げ社宅制度の導入は求人を出す際に大きなアピールポイントになります。同業他社との差別化にも役立つでしょう。

また、会社が家賃の一部を負担するぶん、借り上げ社宅に入居した従業員に求められる家賃は相場より安くなります。仮に給与そのものの額面が低い会社であっても、借り上げ社宅制度があれば従業員の金銭的負担が減り、応募率の向上につながる可能性があります。

企業側が借り上げ社宅制度を導入するデメリット

コスト削減や求人のアピールポイントになるなど、多数のメリットがある借り上げ社宅ですが、デメリットもあります。一度導入すると、福利厚生の不利益変更には労力がかかるため、どの程度会社の負担が増えるのかデメリットも把握しておきましょう。それぞれ解説します。

物件探しや契約や支払いなど管理やサポートが必要

物件を契約し借り上げるのはあくまで会社のため、契約や支払いの手続きはすべて会社側がおこなう必要があります。先に借り上げておく場合は物件の選定や内見をはじめ、従業員への物件の紹介、入居のための社内手続きも欠かせない業務です。

従業員の希望に応じてその都度物件を新しく借り上げるシステムにする場合は、どの物件を希望するのか従業員との細かなやりとりや、実際に物件を借り上げるため法人契約が可能か、規約に沿っているかの精査もその都度おこなわなければなりません。

借り上げた物件に関する管理やサポートの手間がかかるため、業務の負担がどのくらい増えるのか試算しておきましょう。

また、借り上げ社宅制度に関する業務の担当者は、一般的に専任ではなく他の業務も受け持っていることが多いです。新入社員が多い時期は借り上げ社宅の需要も増え、担当者の負担が著しく増す懸念もあるため、業務量の把握や担当者のケアも忘れないようにしましょう。

空室でも家賃の支払いが求められる

入居希望者がいない借り上げ社宅は、空室であっても契約維持のために家賃支払いが必要です。

借り上げ社宅は、あらかじめ物件を借りておく方法と、従業員の希望した賃貸物件を会社側が借りる方法の2つがあります。しかし、後者の場合、必ずしも入社時期に適当な物件が空いているとは限りません。そこで、リスクを承知のうえで入居希望者がいない間も物件を借りておき、必要なときに提供できるようにしている会社が多いようです。借り上げ社宅の利用率があまり高くない会社では、空室リスクが会社に大きな負担となる可能性があります。

特に覚えておきたいのは、空室だと本来家賃の一部を負担する従業員がいないため、家賃全額を会社が負担しなければならない点です。例えば家賃の高いエリアやファミリー向けの広い物件は負担が重くなりやすいため注意しましょう。

解約時には違約金が発生する可能性がある

賃貸物件である以上、オーナーとの契約内容によっては解約時期次第で違約金が発生する可能性があります。例えば、「借り上げ社宅を希望した従業員が早期離職してしまい物件が不要になった」「オフィスを移転することになり、予定より早く契約終了したい」など、長期契約を前提に借り上げ社宅の契約を交わしたのに、短期で解約するケースが挙げられます。

契約前に違約金について確認し、万が一の際にどのくらい負担があるのかも考慮して、借り上げ社宅を導入しましょう。

従業員側が借り上げ社宅制度を利用するメリット

借り上げ社宅は従業員側にも多数のメリットがあります。従業員側のメリットも把握しておけば、より効果的な運用が可能です。それぞれ解説します。

家賃や諸費用の負担を抑えられる

家賃の一部を会社が負担するため、従業員は相場の家賃より安く物件に住めます。自身で賃貸契約を結ぶよりもはるかに負担が少なく、生活が安定しやすいでしょう。地価の高い都市部でも働きやすくなるため、借り上げ社宅によって長い活躍が期待できます。

また、契約時の仲介手数料や敷金・礼金、定期的な更新料、退去時の原状回復費用といった諸費用も会社が負担するのが一般的です。入居・退去時の諸費用を大幅に抑えられるので、従業員は入社や転勤で引越しする際も負担が少なく済みます。

社有住宅より間取りや物件の選択肢が豊富

社有住宅では会社が所有する物件に選択肢が限られるため、立地も間取りもほぼ選ぶ余地がありません。一方、借り上げ社宅はもともと賃貸物件なので、会社次第ではありますが間取りや物件の自由度が比較的高いです。

例えばペット可、ファミリー可の物件を選べるケースもあります。ライフスタイルに合わせて、従業員自身が気に入った家に住めるのは借り上げ社宅ならではのメリットです。

従業員側が借り上げ社宅制度を利用するデメリット

続いて、従業員側のデメリットも見ていきましょう。メリットと同様、デメリットも把握しておけば、契約時に従業員へ納得の行く事前説明ができます。デメリットは次のとおりです。

失業保険金や将来の年金受給額が減少する可能性がある

借り上げ社宅制度では、家賃相当を給与に上乗せする住宅手当と違って、天引きで家賃を支払うため、所得は増えません。所得をもとに計算される社会保険料額が減るぶん、将来、年金受給世代になったときに受け取る年金額が減少してしまうリスクがあります。

また、所得が少なくなると、失業時に受け取れる失業保険の給付金も少なくなります。失業保険の給付金もまた、所得をもとに計算されるからです。

このように、借り上げ社宅制度のある会社で働いている最中は税や生活費の負担が少なくなりますが、失業後や定年退職後に損をする懸念がある点は覚えておいたほうがよいでしょう。

自分で賃貸物件を探すよりも選択肢が限られる

借り上げ社宅の物件の選択肢は、社有住宅と比べれば豊富な一方、自分で賃貸物件を探して契約するのと比べると少なくなります。ペット可や鉄筋コンクリート造、最上階角部屋、駅近、築浅物件など、こだわりが強い場合は好みの物件が見つからない可能性も考えられます。また、会社がすでに借り上げている物件の中から選ぶ場合は、さらに選択肢が限られます。

退職すれば退去しなければならないのも従業員にとってはデメリットです。従業員によっては、貯金をしていない状態で退職し退去を迫られ、次の物件探しが厳しくなる可能性があります。

借り上げ社宅制度を導入する注意点

借り上げ社宅は福利厚生である以上、一度導入すれば廃止は容易ではありません。従業員やオーナーとのトラブルを防ぐためにも、次のことに注意しましょう。

借り上げ社宅の家賃相場は企業によって異なる

借り上げ社宅の家賃に関して法律上のルールや制限は特になく、会社が自由に決められます。つまり、相場の概念がなく、家賃設定するうえで他社を参考にするのは難しいといわざるを得ません。いくらに設定するかは、社内で慎重に検討したほうがよいでしょう。

ただし、賃料相当額の50%以上に設定すると、経理において従業員の給与ではなく福利厚生費として計上できるようになります。そのため、50%以上を従業員から徴収する会社が多いようです。

借り上げ社宅管理規程を作成する

借りるのは会社で住むのが従業員である以上、ルールをしっかり決めておかないとトラブルのもとになります。従業員やオーナーからの訴訟リスクを回避するためにも、「借り上げ社宅管理規程」を事前に作成しておきましょう。

借り上げ社宅規程に記載する項目に決まりはありませんが、一般的に次の項目は記載しておくとトラブルに対するリスクを軽減できます。

  • 入居条件
  • 家賃の負担割合と負担額
  • 適用される期間
  • 退去時の原状回復費用の負担について
  • 禁止事項
  • 規約違反時の対処

法律や税金も関わってくるため、弁護士や税理士といった専門家のアドバイスを受け、借り上げ社宅規程や制度そのものに問題がないか確認するのがおすすめです。

企業が借り上げ社宅を契約する流れ

最後に、会社が借り上げ社宅制度を導入して社宅を契約し、実際に従業員に提供するまでの流れを、あらかじめ物件を借りておくケースと、従業員の希望した賃貸物件を会社側が借りるケースに分けて紹介します。

あらかじめ物件を借りておく場合の流れ

会社側が物件を借り上げ、そのなかから従業員に選定してもらう場合は、大まかに次の手順で進みます。

  1. 借り上げ社宅制度の設計
  2. 借り上げ社宅管理規程の作成
  3. 担当者の決定
  4. 物件探しや交渉、内見
  5. 申し込み
  6. 審査
  7. 契約条件の調整
  8. 社内稟議
  9. 契約・支払い
  10. 従業員への希望のヒアリング
  11. 従業員への物件提示
  12. 物件決定後、社内での入居手続き
  13. 従業員の入居・引越し
  14. 従業員から家賃(利用料)を受け取る

まずは借り上げ社宅管理制度を設計しましょう。必要に応じて企業法務や労働問題に強い弁護士や、経理と税制のアドバイスが可能な税理士をはじめ専門家の協力も得るのがおすすめです。法律や税制、必要なコストや就業規則との兼ね合いなどに問題がなければ、設計した制度にのっとり管理規程を作成します。担当者を決定後、実際に物件探しに移りましょう。

次にエリアや家賃をはじめ、条件が合致する物件のなかから借り上げ社宅にしたい物件を探します。会社側が契約するため、法人契約や転貸借が可能な物件と、法人契約が得意な不動産会社を探すのがポイントです。

物件が見つかったら、不動産会社を通じて申し込みします。審査に通過したら、契約前にオーナー側と契約条件の調整をおこないましょう。社宅に関する規定に合致するように調整し合意に至ったら契約が可能になります。

また、必須ではありませんが、念のため社内稟議にかけて、承認を得てから契約を締結するのが理想的です。契約時には敷金・礼金、前家賃や火災保険料など契約内容に従った費用の支払いが必要になります。

無事契約が済んだら不動産会社より鍵の受け渡しがおこなわれます。入居可能な状態になったら、借り上げ社宅制度の利用を希望する従業員に通知し、従業員と条件をすり合わせて社内で入居手続きを進めます。

入居後は家賃を経費の扱いにするため、従業員から50%以上の家賃徴収を検討しましょう。

従業員の希望した賃貸物件を会社側が借りる場合の流れ

従業員に希望の物件を提示してもらい、その都度会社が借り上げる場合の流れは次のとおりです。

  1. 借り上げ社宅制度の設計
  2. 借り上げ社宅管理規程の作成
  3. 担当者の決定
  4. 従業員への条件提示
  5. 従業員による物件探しや内見
  6. 物件決定
  7. 申し込み
  8. 審査
  9. 契約条件の審査調整
  10. 社内稟議
  11. 契約・支払い
  12. 従業員の入居・引越し
  13. 従業員から家賃(利用料)を受け取る

最初の流れはあらかじめ借り上げる場合と変わりませんが、物件探しをするのは主に従業員側です。会社側は従業員側社宅の規定に合致した物件を探せるように、物件の条件を提示しサポートしましょう。

従業員が物件探しや内見を経て希望の物件を決定したら、会社の条件に当てはまっているか確認し、申し込みをおこないます。申し込み時にはすでに入居希望者が決まっているので、入居者の本人確認書類や印鑑証明書などが必要になる可能性があります。あらかじめ準備しておきましょう。

また、特に注意したいのは従業員の入居日です。例えば社内稟議が遅れ、従業員の希望する入居日に間に合わないとなると、その間の宿泊費負担が発生する可能性があります。入居日から逆算し、余裕をもって契約をおこなうことが大切です。

契約を締結できたら、初期費用を支払います。その後、インフラの開通手続きを済ませて従業員が引越しすれば完了です。

まとめ

借り上げ社宅は賃貸物件を会社が借り上げ、従業員に提供する仕組みです。社有住宅や住宅手当に比べるとコスト削減効果が高く、従業員側も生活が安定しやすいなどさまざまなメリットがあります。

一方で、企業側は空室リスクを抱える可能性や、物件探しと支払いの管理や手間がかかるといったデメリットもあります。従業員にとっても、将来受け取る失業保険金や年金の額が下がるのはあらかじめ知っておきたいリスクです。

導入後廃止するのは手間や違約金がかかる可能性もあるため、事前によくメリットとデメリットを比較し、借り上げ社宅を導入すべきか検討しましょう。