年金財政検証を見るときの注意点と改革案の問題点
2019.09.09
2019年8月下旬、5年に1度行われる年金財政検証の報告書が公表されました。
年金制度が先行き明るいと考える人はいないでしょうが、
財政検証は非常に厳しい現実を突きつけています。
この報告書、是非一度は読んでいただきたいと思いますが、読むときにも注意が必要です。
所得代替率の前提条件に「?」
現役世代の賃金に対する年金額の割合を示した数値(年金額/現役世代の賃金)を所得代替率といいます。サラリーマンの夫、専業主婦の妻の夫婦の2019年の所得代替率は61.7%。
現役世代賃金の61.7%をもらえるのであれば、まあまあではないかと感じるかもしれませんが、分子の年金額は額面、分母の賃金は手取額となっています。
このような数値について、分母と分子の根拠が同じでなければ説得力がありませんが、
所得代替率は、分母の賃金は小さめ(手取額)、分子の年金は大きめ(年金額面)
となる前提であるため、説得力に欠けるといわざるを得ません。
物価以上に賃金が増加する前提条件に「?」
日本の年金制度は物価以上に賃金が上昇する前提で設計されており、
財政検証でも2029年度以降、物価以上に賃金が上昇する前提で検証されています。
しかし、平成時代の中盤以降、
物価の下落率以上に賃金が下落する、
物価が上昇する割に賃金が伸びないという時期が多く、
物価の上昇率以上に賃金が上昇する前提で検証した数値である点にも疑問が残ります。
いずれにしても、年金2,000万円問題と併せて、
老後資金準備に取り組む必要性を広く周知する効果は大きいといえます。
年金改革案の問題点は?
また、年金財政検証では、制度改革案も盛り込まれていますが、それぞれ実現に向けては高いハードルがありそうです。
案Ⅰ.パートタイマーの厚生年金加入者要件の緩和
現行では
・従業員数501人以上
・所定労働時間週20時間以上
・月収8.8万円以上
・1年以上雇用見込み
・学生でない
等の全部の要件を満たすパートタイマーは、厚生年金に加入義務がありますが、
制度改革案では、「従業員数要件を廃止」「従業員数要件、賃金要件を廃止」「月収5.8万円以上の全雇用者を対象」等を対象とした場合の所得代替率を試算しています。
現実的には、従業員数要件を廃止すると、中小企業のパートタイマーも加入するため、折半で保険料を負担する中小企業の強い反発が予想されます。
案Ⅱ.国民年金の加入期間を65歳まで(45年間)に延長する
被保険者からの保険料収入は増えますが、基礎年金の財源の2分の1は税金で手当されており、税負担も増加します。税負担を増やしてまで、加入期間を長くするのかという点が大きな争点です。
案Ⅲ.75歳に達するまで厚生年金に加入する
現行では、会社員として働き続ける場合、厚生年金は70歳に達するまで、健康保険は75歳に達するまで加入することにとなり、保険料は通常、被保険者と企業で折半しています。
厚生年金に75歳に達するまで加入することになると、折半で保険料を負担する企業にとって、掛金の負担期間が長くなるため、企業側の反発が予想されます。
案Ⅳ.75歳からの繰り下げ支給
現在、年金支給開始時期を1カ月遅らせるごとに0.7%増加し、70歳以降に支給開始すると、65歳支給開始に比べて42%増加します。この繰り下げ支給を75歳支給開始時まで遅らせると、65歳支給開始に比べて84%増加する制度が提案されています。
加給年金やマクロ経済スライド等を考慮しない場合、繰下げ支給は支給開始後約12年以上(75歳支給開始では87歳以上)受給すれば額面は増えますが、税・社会保険料の負担増や、加給年金等の手当、マクロ経済スライド等を加味すると、繰下げ支給は敬遠されやすいと考えられます。
年金制度の改革に「秘策」はありません。厚生労働省の制度改革案は現実的な提言ですが、利害関係者の強い反発が予想されますし、実現までに相応の時間がかかると考えられます。
しかし、老後資金準備は待ってくれません。
長く働くための健康作りやスキルアップ、iDeCo(個人型確定挙手年金)やつみたてNISAを活用した投資信託の積立等、できることから始めましょう。
文・益山 真一(ますやま しんいち)
1971年生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。
CFP認定者、消費生活アドバイザー、マンション管理士、
ダイエット検定1級、食生活アドバイザー2級
國學院大學経済学部非常勤講師(2003年から2017年まで15年間國學院大學経済学部非常勤講師)
航空系商社、FP会社勤務を経て、2001年よりフリー活動を開始。
人生の3大資金である教育資金、住宅資金、老後資金を効率的に手当てし、
人生を楽しむお金を生み出すことをテーマとして、日々、相談や執筆、講演活動を展開。
FP資格取得・継続教育、高校・大学の講義のほか、
金融機関等の社員研修、投資家向けセミナー、参議院や内閣官房内閣人事局人事局主催の
キャリアデザイン研修講師まで幅広く務め、セミナー・研修・講義は2019年6月時点で通算2935回。
長女も12歳3カ月でFP3級、16歳時受験でFP2級に合格するなど、わかりやすい伝え方に定評。
活動理念は「心、カラダ、キャリア、時間、お金」の5つの健康のバランスを考えた最適提案。
相談業務は、30代および40代の家計の見直し、教育・住宅・老後等の3大資金準備に対して、
お客様のライフプランや価値観に基づき、メリット・デメリット・リスク・注意点を伝えながら、
1つでも多く「改善できるヒント」を提供するべく活動している。
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